先日、YouTubeを見ていたら、シンクレア教授の研究室に在籍しておられた早野元詞さんがベタインを飲んでいるという動画が出ていたので関連論文をまとめてみました。僕自身も老化対策としてベタインことトリメチルグリシンを飲んでいるので気になるところです。
今回まとめる論文は、2025年に『Journal of Sport and Health Science』に掲載された、コメンタリー論文です。これは、『Cell』誌に発表された「ベタイン(Betaine)」に関する最新の研究成果を解説・評価したものです。(R)
実験概要(要約)

運動がもたらす抗老化作用(ジェロプロテクション)を模倣する物質を特定し、そのメカニズムを解明することを目的として実施された。
- 研究アプローチ: 運動トレーニングを行ったマウスを対象に、マルチオミクス解析(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、マイクロバイオームの統合解析)を実施し、運動によって誘導される生体内分子の変化を網羅的にプロファイリングした。
- 主要な発見(結果): 解析の結果、長期間の運動によって腎臓や肝臓で合成される天然の代謝産物である「ベタイン」が、運動模倣物(エクササイズ・ミメティック)として機能することを特定した。
- 検証実験: 老化したマウスに対し、生理学的濃度のベタインを補充(投与)する実験を行いました。
- 実験結果: ベタインの補充は、TANK結合キナーゼ1(TBK1)を阻害することによって、炎症および細胞老化を抑制し、酸化ストレスへの抵抗力を高める経路(NRF2など)を活性化させた。これにより、実際に運動を行っていない老化マウスにおいても、多臓器にわたる広範な抗老化作用が確認された。
- 結論: 腎臓で合成されるベタインは、運動の効果を模倣し、健康的な老化を促進する有望な候補物質であることが示唆された。
明確になった事と判明しなかった不明確な点
【明確になった事】
- ベタインが運動模倣物であること: 天然の代謝産物であるベタインが、運動の効果を模倣し、老化マウスにおいて多臓器を保護する効果(ジェロプロテクション)を持つことが判明しました。
- 腎臓の重要性: 運動による遺伝子発現の変化は、骨格筋や肝臓よりも「腎臓」で最も顕著に現れることが明らかになりました。ベタインは主に腎臓(および肝臓)で合成されることが確認されました。
- 作用機序(メカニズム): ベタインは「TBK1(TANK-binding kinase 1)」という遺伝子(タンパク質)の働きを阻害することで効果を発揮します。TBK1の阻害は、炎症反応や細胞老化(SASPなど)を減少させ、抗酸化作用を持つNRF2経路を活性化させることが分かりました。
- 運動期間による遺伝子変化の違い: 短期間(急性)の運動と長期間の運動では、体内の反応が異なることが明確になりました。急性の運動はタンパク質や代謝産物の変化を主引き起こしますが、長期間の運動は末梢血細胞などで安定した遺伝子発現の変化(遺伝的な刷り込み)を引き起こすことが示されました。
- ベタインの生成プロセス: 長期間の運動により、腎臓内のコリンデヒドロゲナーゼ(CHDH)の発現が上昇し、コリンからベタインへの合成が促進されることが図示されています。
【判明しなかった不明確な点】
- 老化以外の病的損傷に対する効果: ベタインの補充が、老化とは無関係な特定の臓器の病的損傷(疾患によるダメージなど)に対しても、臓器特異的な保護作用を発揮するかどうかはまだ十分に解明されていません。
- 性差(性別による違い): ベタインや類似の運動模倣物に対する反応において、男性(オス)と女性(メス)でどのような違いがあるのか、特にヒトを対象とした十分なサンプルサイズでの検証は未解決の課題として残されています。
- 再生能力の低い細胞への作用: ベタインが心筋細胞のような、増殖能力がほとんどない「サイレントな細胞」を活性化させ、心臓の再生などを促進できるかどうかについては、非常に興味深いものの、まだ明確な答えは出ていません。
- 臨床的な安全性と副作用: ベタインを臨床(人間への治療)で使用した場合の安全性や、潜在的な副作用についてはまだ議論の余地があり、さらなる調査が必要です。治療効果と副作用のバランスをどう取るかは今後の課題です。
- 長期的な断続的運動の効果: 長期間にわたって断続的に急性運動を行った場合、継続的な長期運動と同様の遺伝的変化(インプリント)が見られるかどうかは不明です。
詳細解説
① 「運動の代わりになる薬」という夢:エクササイズ・ミメティックとは?

私たちは皆、「運動が健康に良い」ことを知っています。適度な有酸素運動や筋力トレーニングは、健康な老化を促し、寿命を延ばす効果があることが科学的に証明されています。逆に、運動不足は慢性疾患や臓器不全などの深刻な健康問題を引き起こす原因となります。
しかし、現実には病気や怪我、あるいは極度の高齢などの理由で、十分な運動ができない人々がたくさんいます。そこで注目されているのが、「運動をしていないのに、運動したときと同じような健康効果を体にもたらす物質」の研究です。これを専門用語で「エクササイズ・ミメティック(運動模倣物)」、あるいはもっと平たく「運動薬(エクササイズ・ピル)」と呼びます。
この分野の研究は過去10年以上にわたって進められてきました。例えば2008年には、「AICAR」という物質が、運動していないマウスの筋肉を「持久走トレーニングをした状態」のように変化させることが発見され、大きな話題となりました。しかし、これまでの研究で見つかった物質は、主に「筋肉」だけに作用するものが多く、運動が全身(心臓、脳、肝臓、血管など)にもたらす広範なメリットを完全には再現できていないという課題がありました。
この論文は、この壁を打ち破る画期的な発見について述べています。彼らは、全身の臓器に作用して老化を防ぐ新しい運動模倣物を発見しました。それが「ベタイン」という物質です。
② 驚きの発見:筋肉ではなく「腎臓」が鍵だった

運動といえば「筋肉」を使うものですが、今回の研究で非常に驚くべき事実が判明しました。運動をしたときに、遺伝子の働き(遺伝子発現)が最も大きく変化していたのは、筋肉ではなく、なんと「腎臓」だったのです。
研究チームは、運動をしているマウスの体内で何が起きているのか、遺伝子・タンパク質・代謝産物・腸内細菌など、あらゆるデータを網羅的に解析する「マルチオミクス解析」という手法を使いました。その結果、長期間運動を続けると、腎臓の中で「CHDH」という酵素の働きが活発になり、その酵素によって「ベタイン」という物質が大量に作られることが分かりました。
ベタインとは?
ベタインは、植物や哺乳類の体内に広く存在する天然の物質(アミノ酸の一種)です。これまでも肝臓や腎臓で作られることは知られており、肝臓や心臓の保護、神経への良い効果などがあると言われてきました。しかし、今回の研究で、このベタインこそが「運動によるアンチエイジング効果」を全身に届ける運び屋のような役割を果たしていることが突き止められたのです。
③ ベタインはどのように体を守るのか?(メカニズムの解説)

では、腎臓で作られたベタインは、具体的にどうやって体を若々しく保つのでしょうか? その仕組みを分かりやすく説明すると、以下の3段階によるものだそう。
1. 悪玉スイッチ「TBK1」をオフにする
老化が進むと、私たちの細胞の中では炎症やストレス反応が起きやすくなります。このとき中心的に働くのが「TBK1」というタンパク質です。ベタインは、このTBK1の働きを阻害(ブロック)します。
2. 炎症と老化の連鎖を止める
TBK1がブロックされると、体内の炎症反応(TNF-αなどの炎症性物質)が抑えられます。さらに、細胞が老化して周りに悪影響を撒き散らす現象(SASP:細胞老化随伴分泌現象)も減少します。つまり、ベタインは細胞レベルでの「火消し役」として機能し、老化の広がりを食い止めるのです。
3. 体の防御システム「NRF2」をオンにする
同時に、ベタインは「NRF2」という守護神のようなタンパク質を活性化させます。NRF2が働くと、体内の酸化ストレス(サビつき)を防ぐための抗酸化遺伝子(TXN, GPX1, SOD1など)がたくさん作られるようになります。
結果として、ベタインを投与された老化マウスは、運動をしていなくても、炎症が減り、細胞の老化が抑えられ、酸化ストレスへの抵抗力が高まるという「ジェロプロテクション(抗老化保護)」の効果を全身の臓器で得ることができました。
④ 「たまにする運動」と「続ける運動」の違い

この研究では、運動の「継続性」についても興味深い分析がなされています。
- 急性運動(単発の運動):
一度だけの運動や短期間の運動は、体内のタンパク質や代謝産物(エネルギー燃焼の燃えカスのようなもの)を一時的に変化させます。しかし、これには個人差が大きく、遺伝子レベルでの根本的な変化にはつながりにくいことが示唆されています。急性運動によって非エステル化脂肪酸などが増え、胆汁酸が減るといった変化が示されています。 - 長期運動(継続的なトレーニング):
一方で、運動を長く続けると、血液中の細胞(白血球など)の遺伝子の働き方が変化し、それが安定して定着します(遺伝的インプリント)。この長期運動によってこそ、腎臓でのベタイン合成能力が高まり、全身への抗老化効果が発揮されるのです。長期運動によってリンパ球が増え、安静時心拍数が下がり、そして重要な「ベタイン」が増加することが示されています。
つまり、「運動薬」としてのベタインの発見は、長期間コツコツと運動を続けることで得られる恩恵を、一つの成分に凝縮して再現できる可能性を示しているのです。
⑤ 今後の課題と私たちの未来
この研究結果は、高齢化社会における「健康寿命」を延ばすための大きな希望です。特に、心不全などで体がむくみやすく運動が困難な患者さんにとって、ベタインは利尿作用(余分な水分を出す作用)も併せ持つため、理想的な治療薬になる可能性があります。
しかし、すぐに「ベタインのサプリを飲めば運動しなくていい」となるわけではありません。この論文では、いくつかの重要な課題も指摘されています。
- 人間でも同じか?
今回の主な結果はマウス実験によるものです。特に性別による効果の違い(性差)については、人間を対象とした大規模な調査が必要です。男性と女性で効き目が違う可能性も残されています。 - 安全性は大丈夫か?
ベタイン自体は天然成分ですが、高用量で薬として使った場合の安全性や副作用については、まだ臨床的な検証が必要です。 - 心臓は再生するのか?
心筋細胞のように、一度死ぬと再生しないと言われる細胞に対して、ベタインがどこまで効果を発揮できるかは、今後の研究の大きな焦点です。
まとめ
今回共有した論文は、「運動が健康に良い理由の一つは、腎臓がベタインを作り出し、それが全身の炎症や老化を抑えるからである」という新しいメカニズムを提唱するものです。
これまで運動の効果は漠然と「血流が良くなるから」「筋肉がつくから」と考えられがちでしたが、実は腎臓という意外な臓器が、全身の老化を防ぐ司令塔のような役割を果たしていたのです。そして、その司令を伝えるメッセージ物質こそが「ベタイン」でした。
この論文は、将来的に「運動したくてもできない人」が、運動薬としてベタインやその関連物質を飲むことで、運動したときと同じように全身の臓器を若々しく保てる日が来るかもしれないという、具体的かつ科学的な可能性を示しています。
ということで、下にベタインことトリメチルグリシン(TMG)のサプリメントのリンクを貼っておきます。運動してベタインを増やすも良し、ほうれん草のようなベタインの多い食品を摂るのも良し、老化研究者の早野元詞さんのようにサプリメントに頼るのも一つの戦略としてはアリなのではないでしょうか。


