魚の油(EPAやDHA)が、糖尿病の人の睡眠の質や体内時計に本当に良い影響を与えるのかを、三段構えで確かめた論文がありましたので共有します。(R)この論文は3大科学誌の1つのcell誌に掲載されていたランダム化比較試験の論文となっています。
2型糖尿病患者では睡眠の質が一般集団より悪い傾向があり、本研究は「フィッシュオイル摂取が2型糖尿病患者の睡眠の質を良くするか?」を、多層的に検証したものです。
具体的には、(A) UK Biobankの大規模観察データで関連を評価し、(B) 14か月の二重盲検ランダム化比較試験(RCT)で因果性を補強し、(C) 細胞実験で分子メカニズム(体内時計分子の調整)を追跡しています。観察研究では2型糖尿病患者27,549人を解析対象とし、うち28.5%がフィッシュオイルを日常的に摂取していました。
本研究は、魚油(EPA/DHA)の摂取がにおける睡眠と体内時計に及ぼす影響を、観察研究→無作為化比較試験(RCT)→細胞実験の順に確かめ、因果関係と分子メカニズムまで一貫して探ったとのこと。
実験概要
1)観察研究(UK Biobank)
- 対象の選定:UK Biobankの2型糖尿病患者28,313人から、睡眠薬使用者(236人)や情報欠損者(サプリ使用・睡眠項目)を除外し、27,549人を解析対象とした。2型糖尿病の同定は自己申告とICD-9/10コードに基づき、UK Biobankのアルゴリズムで検証済み。
- 曝露の測定:魚油サプリの常用はタッチスクリーン式FFQで「定期的に摂るサプリ」一覧から「fish oil」を選択する形で評価。
- アウトカム(睡眠):健康的睡眠スコア(0〜5点)を作成。構成要素は①朝型クロノタイプ、②理想的睡眠時間(7〜8時間/日)、③不眠が少ない、④いびきなし、⑤日中の居眠りが少ない、の5点。該当項目が多いほどスコアが高い。多項ロジスティック回帰では4–5点=良好、0–1点=不良などにカテゴリ化して関連を検討。
- 共変量:年齢、性別、人種、BMI、教育、所得、喫煙、飲酒、身体活動、疾患歴、他サプリ・アスピリン、食事・コーヒー・紅茶摂取、メンタルスコア等を調整。
2)臨床介入(14か月・二重盲検RCT)
- デザイン:三群並行、二重盲検、プラセボ対照。
- 割付と介入:低用量群1.5 g/日の魚油+1.5 g/日精製オリーブ油、高用量群3.0 g/日の魚油(EPA 72%・DHA 28%)、対照群3.0 g/日精製オリーブ油。外観同一カプセル、月1回ボトル交換で遵守を管理。COVID-19の影響で14か月まで延長(当初より2か月長い)。
- 評価時期と指標:睡眠はPSQI(18問・7領域)をベースライン(2020年11月)とエンドポイント(2022年1月)に測定。PSQIを0–5(非常に良い)、6–10(良い)、11–15(中等度障害)、16–21(重度障害)の4段階にも換算し、比較しやすくした(「PSQIスケールスコア」1〜4点)。
- 人数と解析:無作為化415人(各群約1/3)。中途離脱等を除き、最終解析は344人。ベースラインの患者背景・PSQIは群間で均質で、割付の妥当性が保たれていた。
3)細胞・機構実験
- モデル1(視床下部ニューロン・GT1-7):パルミチン酸(PA)300 μMで概日リズム障害モデルを作成し、DHA/EPA 100 μMを32時間共処置。ZT0(培地交換時)から4時間ごとに採取し、Clock/Bmal1/Per2/Rorα/Rev-erb等の振動を解析。
- モデル2(U2OS Bmal1-dLuc):DHA/EPA 25–100 μMでBMAL1振幅の用量反応性やBMAL1の核内移行を観察。
- 標的仮説:RORαとDHA/EPAの分子ドッキング、さらにRORαノックアウト細胞で効果が消えるかを検証。
補足
- ICD-9/10コード
この研究では、2型糖尿病の人をデータ上で見つける際に、自己申告に加えてICD-9 と ICD-10 の診断コードを使っています(UK Biobankの糖尿病判定アルゴリズムで検証あり)。要するに「医療の診断コードで糖尿病と記録されているか」を確認するためのコードです。 - PSQI(ピッツバーグ睡眠質問票)
睡眠の質を評価する質問票です。7つの項目(主観的睡眠の質、睡眠時間、寝つくまでの時間、睡眠の中断、睡眠効率、日中の不調、睡眠薬使用)からなり、合計18問で点数化します。各項目の点が高いほど睡眠の質は悪いと判定され、合計点を0–5(とても良い)/6–10(良い)/11–15(中等度の障害)/16–21(重度の障害)の4段階に分類して解釈しています。 - U2OS Bmal1-dLuc
BMAL1(体内時計の中核たんぱく)の日内リズムを光で読むための細胞レポーター系です。U2OS細胞にBMAL1プロモーター由来のルシフェラーゼ(dLuc)を入れており、BMAL1のリズム(振幅)やROR応答エレメントに依存するBMAL1活性の変化を測るのに使われます。DEXでリズムをそろえると、自律的な概日振動として光の強さが周期的に変化します。 - RORα
体内時計の調節に関わる因子で、BMAL1の発現を特定の配列(RORE)を介して高めることが述べられています。本研究では、視床下部ニューロンの生体リズムを調節する重要な標的として扱われ、DHA/EPAが結合しうることも示されています。
この論文で明確になったこと
1)観察研究(UK Biobank)
- 魚油サプリ常用は健康的睡眠スコアの上昇と有意に関連(β=0.012、95%CI 0.001–0.022、p=0.028)。2型糖尿病集団での良い睡眠との関連が示された。
2)臨床介入(14か月・二重盲検RCT)
- PSQIが改善:低用量・高用量いずれも共変量調整後に有意(p=0.011、p=0.025)。PSQIスケール分布でも改善が確認できた。
- 下位尺度:日中機能障害は両用量で改善(p=0.008、p=0.011)。入眠潜時は低用量のみ短縮(p=0.024)。睡眠時間・効率は有意差なし。
- 悪化リスクの低下:睡眠の悪化(deterioration)リスクが低用量63%、高用量59%低下(モデル2)。
- 生体指標:高用量で血清コルチゾールが有意に低下。また、末梢白血球のClock(p<0.001)/Bmal1(p<0.05)/Per2(p<0.01)が上昇。
- 遵守の確認:介入後の血漿EPA/DHA上昇を確認(コンプライアンス良好)。ベースライン特性も群間で均質。
3)細胞・機構実験
- GT1-7細胞:PAでClock/Bmal1/Per2/Rev-erb/Rorαの振動相が乱れるが、DHA/EPAが全て救済(p<0.001)。特にEPAでRorα/Bmal1/Rev-erbの平均値・振幅が上昇しやすい。
- 蛋白発現の振動の回復:PAで消えたCLOCK/REV-ERBのリズムがDHA/EPAで復元。ZT12でRORα上昇、BMAL1は不変。
- U2OS(Bmal1-dLuc):DHA/EPAは用量依存的にBMAL1の概日振幅を増強、BMAL1の核内移行も改善。
- RORαが鍵:DHAはARG-367、EPAはTRP-320/HIS-484/TYR-507との相互作用が示唆され、結合自由エネルギーはそれぞれ−14.6/−13.1 kcal/mol。RORαノックアウトではClock/Bmal1/Per2/Rev-erbの振動救済が消失/減弱。
この研究でやったこと
- 第1段階(UK Biobank):実生活で魚油サプリを常用している2型糖尿病患者が、より「良い睡眠パターン」を示すかを、2万7千人規模で統計的に確かめた。睡眠は、朝型かどうか・睡眠時間7〜8時間・不眠が少ない・いびきがない・日中の居眠りが少ないの5項目でスコア化し、生活習慣や食事など多くの要因を調整して関連を評価した。結果、魚油常用=健康的睡眠スコアがわずかに良いという有意な関連が出たとのこと。
- 第2段階(ランダム化比較試験):実際に見た目が同じカプセルで魚油またはオリーブ油を14か月飲んでもらい、PSQIという睡眠の総合点で比較した。用量は低用量(1.5 g/日)と高用量(3.0 g/日;EPA72%/DHA28%)の2段階で、誰がどれを飲んでいるかは患者も研究者もわからない(二重盲検)設計。両用量ともPSQIが有意に改善し、なかでも日中の不調(眠気・集中低下など)が和らいだ。寝つき(入眠潜時)は低用量でのみ改善が出たとのこと。
- 第3段階(機構):2型糖尿病や脂質負荷で乱れがちな体内時計(CLOCK/BMAL1/Per/Rev-erb/Rorαなどの遺伝子がつくる24時間リズム)に、DHA/EPAがどう効くかを視床下部ニューロン細胞やBMAL1のレポーター細胞で解析。結果、DHA/EPAが乱れた振動を立て直し、BMAL1の核内移行を促すことがわかり、RORαが主要な足場(標的)であることがドッキングとノックアウト実験で裏づけられた。
どうして睡眠が良くなるのか?
身体の体内時計は、脳の視交叉上核(SCN)を司令塔に、CLOCKとBMAL1などのたんぱく質がペアで多くの遺伝子の24時間の波を作っています。糖尿病や脂肪酸(PA)の負荷でこの波が弱くなったりズレたりします。今回、DHA/EPAは
- 時計遺伝子の振動のズレ(相位)を正常化し、
- 振幅(波の高さ)を回復し、
- BMAL1が核に入る(働ける)状態を促し、
- その司令塔の1つであるRORαに直接結合しうる(強い結合エネルギー)。
という流れで、時計全体を立て直す働きが示されました。RORαを失わせた細胞では、DHA/EPAの効果が消える/弱まるため、RORαが鍵であることも支持されたとのこと。
臨床的には何が起きた?
- PSQIの総合点が改善し、悪化リスクも約6割低下(低用量63%、高用量59%)。特に日中の機能障害が軽減しました。寝つきは低用量で改善が見られ、高用量ではコルチゾール低下と白血球のClock/Bmal1/Per2上昇が明瞭でした。用量で効きどころが少し違う可能性があります。
- 観察研究とランダム化比較試験(RCT)で整合性:実生活データで「よい睡眠」との関連が見え、ランダム化比較試験(RCT)で実際に飲ませても改善が出たことから、因果性を支持する材料がそろいました。
この論文で「明確になったこと」
- 魚油常用と健康的睡眠の関連(2型糖尿病 27,549人、β=0.012、p=0.028)。
- 14か月の魚油補充でPSQI(参加者の睡眠の質)が改善、睡眠悪化リスクが大きく低下(低用量63%、高用量59%)。
- 下位尺度では日中機能障害の改善が両用量で、入眠潜時改善が低用量で確認。
- 高用量でコルチゾール低下とClock/Bmal1/Per2の上昇(白血球)。
- 機構として、DHA/EPAがRORαに結合し、BMAL1の核内移行や振動振幅を回復。RORα欠損で効果が消失/減弱。
この論文で「不明確な事」と「今後の課題」
- ランダム化比較試験(RCT)の主要評価項目はHbA1cで、睡眠は副次評価。症例数設計もHbA1cに基づくため、睡眠を主目的に据えた試験での再確認が望まれる。
- PSQIは自己申告尺度であり、アクチグラフやPSGのような客観的睡眠測定は本試験では提示されていない。
- 用量差の理由(低用量で入眠潜時、高用量で内分泌・遺伝子の変化が大きい等)は機序的解明が今後の課題。
- 一般化の範囲:本RCTは2型糖尿病患者を対象。他集団(健常者・他疾患)でも同様かは未確定。著者らは集団や健康状態によって効果が異なる可能性に言及している。
まとめ
本研究は、
- 大規模コホートで魚油常用と睡眠良好の関連を見出し、
- 14か月の二重盲検RCTでPSQI(参加者の睡眠の質)改善と悪化リスク低下を実証し、
- 細胞実験でRORα—BMAL1軸を介して体内時計のズレを補正しうる分子メカニズムを提示しました。
臨床的には、2型糖尿病患者で日中の不調が軽くなる、寝つきが改善(低用量)、ストレスホルモン抑制(高用量)など、睡眠と概日リズムの整いにつながる具体的な変化が示されています。
因みに
- 魚油=睡眠剤の代わりという話ではありません。あくまで睡眠の質の悪化を緩やかにする可能性が、2型糖尿病の方で示されたという位置づけです。体内時計を立て直すという根っこ(機序)が示されたのは大きなポイントです。
- 用量については、低用量で寝つき、高用量でホルモン・時計遺伝子というように効き方の焦点が異なる所見がありました(どちらが優れると断言する趣旨ではありません)。
- 誰に効きやすいかという点で言えば、本RCTのサブ解析では女性、より若年/低BMI、基礎のn−3 PUFAが低い人で低用量の効果が見えやすい傾向がありました(交互作用そのものは有意でない)。
あとがき
私自身は糖尿病ではないですが、他面的効果を目的としてDHA•EPAのサプリメントを摂取しているので、自分のような健常者でも睡眠と概日リズムの整いがあったら嬉しいのになあと思いました。
まあ、メラトニンを飲んでいるのでそっちの方が影響しそうですが、、、
という事で自分も飲んでいるDHA•EPAのサプリメントのリンクを下においておきます。オメガ3サプリメントは酸化されているものが多いと指摘されているんですが、一部のオメガ3サプリメントは酸化が少ないと判明しています。
Life Extensionのものは論文で酸化ダメージの少ないと確認されたサプリメントの1つです。
下のサプリ以外でも酸化レベルの低いものを選ぶことがDHA•EPAサプリメントを選ぶ上で重要かと思いますね。