高齢になると腎臓の濾過能力(eGFR)は自然に落ち、慢性腎臓病 (CKD) や心血管疾患 (CVD) のリスクが高まる事が知られています。マグネシウム(Mg)はエネルギー産生や血圧調節に欠かせないミネラルですが、食事から十分に摂れていない人が少なくないんですね。日常生活におけるマグネシウムの摂取量が将来の腎機能や心臓・血管の病気に影響するのかを 10 年にわたり追跡した面白い論文があったので共有します。(R)
実験概要
マグネシウムは体内で 300 以上の酵素反応を助ける必須ミネラルで、体の潤滑油ともいえる存在です。ところが加齢とともに食事量が減ったり吸収が落ちたりして、血液中の Mg が不足しがちになります。過去の大規模解析では、Mg 摂取不足が 脳卒中や心不全、糖尿病、死亡率上昇 と結びつくとの報告がありましたが、「腎臓」に関してはエビデンスが乏しい 状態でした 。
この研究が注目したのは、高齢者における 腎機能の衰え(eGFR 低下) です。eGFR は腎臓が 1 分間に血液をどれくらい「ろ過」できるかを示す値で、60 未満になると CKD と診断されます。腎臓病が進めば透析や心血管合併症のリスクが跳ね上がります。研究チームは「日頃の Mg 摂取量が多い人ほど、腎臓のろ過フィルターの目詰まりが進みにくいのでは」と仮説を立てました。
研究デザインと目的
1997–1998 年に開始された米国多施設前向き観察研究 Health, Aging and Body Composition(Health ABC) Study を用い、食事から摂るマグネシウム(Mg)量 と 腎機能の悪化・慢性腎臓病(CKD)・心血管疾患(CVD)発症 との関連を 10 年間追跡して検証されました。
参加者
登録時 70–79 歳の米国地域在住者 3,075 名のうち、欠測を除いた 2,682 名 が解析対象。
平均年齢 75 歳、女性 51%、黒人 39% 。
開始時点で日常生活動作に障害がなく、自立して生活できる比較的元気な高齢者 が条件でした。上記の通り、参加者は男女ほぼ同数で、人種も白人と黒人がバランスよく含まれています 。食品調査票では、過去 1 年間に食べた 100 種類以上の食品の頻度と分量を質問し、専用ソフトで Mg 摂取量を計算したとのこと。
腎機能への影響
10 年間の追跡で 2,429 名中 394 名(15%) が eGFR 30% 低下を経験し、1,871 名中 522 名(28%) が CKD を新たに発症した 。
- Mg 摂取が 117 mg/日増えるごとに 腎機能低下リスクが 約 2 割 減少した。
- 1 日 350 mg超 摂るグループは 200 mg未満 の人よりリスクが 約半分 だった。
この関連は、年齢や糖尿病、高血圧、BMI、利尿薬使用、さらに腎機能や尿アルブミンなど腎臓に悪さをする因子を統計的に取り除いた後でも残ったとのこと 。
追跡の結果、Mg を多く摂っていた人ほど 腎機能の急激な低下や CKD 発症が少ない ことが分かりました。とくに最も多く摂取したグループでは、eGFR が 30%以上落ちるリスクが半減。これは Mg が血管石灰化や慢性炎症を抑え、腎臓の微小血管を守る可能性を示唆します。ただし因果関係は証明されておらず、介入試験が必要です。
心血管疾患への影響
健康な心臓血管を保つという点では、脳卒中以外のイベント(心筋梗塞・心不全・冠動脈疾患)に Mg 摂取の有意な効果は見られません でした。脳卒中だけが「Mg が多いほど少ない」傾向を示しましたが、詳しいメカニズムは議論段階です。
脳卒中リスクが下がった理由としては、Mg による 血圧降下作用や血小板凝集抑制 が考えられますが、本研究ではそこまで検証できていません。 まあ、それを差し置いてもMgの有用性はあると思いますが。
体質との相互作用
血中リンを調整するホルモン FGF-23 の値が低い人では、Mg 摂取の腎保護効果が強まっていました(交互作用 p = 0.02)。FGF-23 が高いとリン代謝が乱れ、Mg の良い作用が出にくいのかもしれません。
FGF-23 はリン代謝を調整するホルモンで、値が高いほど腎機能悪化と関連します。Mg 摂取の腎保護効果は FGF-23 が低い人で強く、高い人では弱かった ことから、今後の臨床試験では FGF-23 も層別化因子になり得そうです。
どう解釈すればいい?
強み
- 10 年追跡・大規模サンプルでイベント数が多い。
- eGFR をシスタチン C で統一し、高齢者特有の筋肉量の差を補正。
- Mg 以外の Ca・リン・ビタミン D などもデータに含め、交絡を最小化。
限界(=不明確な点を裏返した視点)
- 食習慣が 10 年間変わっていても解析できない。
- Mg をどれだけ吸収できたかを示す血清 Mg データがない。
- 「健康に気を遣う人ほど Mg を多く食べる」可能性(残余交絡)がゼロではない。
- 既に CKD の進んだ人や FGF-23 が高い人に Mg が効くかは不透明。
現時点で言える範囲の実生活へのヒント
論文の中で執筆者は 「Mg 補充は安価で安全。ランダム化試験で腎臓への効果を検証すべきだ」 と提言しています 。まだ確定的ではありませんが、
- 緑黄色野菜、豆類、全粒穀など Mg を多く含む食品を日常的に取り入れる
- 腎機能やホルモン(FGF-23)によって効果が異なる可能性を踏まえ、持病のある方は医療者と相談してサプリ使用を検討する
――といった姿勢が望ましいでしょう(あくまでも本研究の観察結果に基づく「仮説」段階です)。
まとめ
- 高齢者 2,600 余名を 10 年追跡した結果、食事性 Mg 摂取量が高い人ほど腎機能低下と CKD 発症が少なかった。
- 心血管イベント全体とは関連しなかったが、脳卒中のみ減少傾向。
- 効果は 低 FGF-23 群で顕著。Mg による腎保護メカニズムや投与対象の選別が次の課題。
- Mg は入手しやすい栄養素であり、今後 介入試験 が行われれば CKD 予防戦略の一翼を担う可能性がある。
- Mg を 1 日 300~400 mg 程度摂る食生活(野菜・豆・ナッツ中心)は、腎機能低下を緩やかにし CKD 予防に役立つ可能性が高い。
- Mg は安価で副作用が少ないため、将来的にサプリ介入試験を行えば腎臓病予防の新たな選択肢になるかも。
- ただし 腎不全や FGFR23 高値の人で同じ効果が得られるかは未知。サプリ使用時は主治医に相談し、血清 Mg を確認することが安全であり推奨される。
腎機能は一度低下すると、現時点では再生させる事が出来ません。個人的には2個でも足りないと思ってしまいますね。血液検査などをするとクレアチニンの指標があると思いますが、基準値より高い人などは特に気をつけた方がよろしいかと。
あとがき
念のため、マグネシウムが豊富な食材をピックアップしておくと、
- バナナ
- 緑の葉物野菜
- アボカド
- カシューナッツ
- アーモンド
- 豆類
- 豆腐
- 脂肪分の多い魚
- 種子類
- 全粒粉
- ダークチョコレート
などが有名でしょう。まー、マグネシウムの具体的な作用機序などはまだ明確に特定されていませんが、マグネシウムの摂取はぜひ気にしておきたいところです。個人的にはサプリメントでも同様の効果があると思いますのでサプリメントのリンクも置いておきます。マグネシウムは他の論文では脳への健康効果なども示されています。個人的には血液脳関門(BBB)を通過することが確認されているトレオン酸マグネシウムを摂取しております。まあ、飲んで特に体感できる程変わったことはないんですがね。